lundi, octobre 30, 2006

江戸川橋からにゅるり
























うちの近所には由緒ある「う」と書いたうなぎの老舗がある。
ダーと一緒に近所をサイクリングしたときに半年くらい前にみつけたお店。
(実はこの店が老舗で、作家や出版社が良く使っていたということは後から知った。)
「行きたいなー」とは思いつつ、つい派手めの「神楽坂方面」に足が向いてしまってなかなか辿り着けなかった。
しかし先日からどうしてもうなぎが食べたくなって、友達を誘って予約に踏みきった!

「はし本」(ひとブロック先には「石ばし」がある)。
並で十分。文句無く「美味しい!」「さっぱり」だった。ご飯がつやつやで美味しかった。おばちゃんはとっても優しくていいキャラ。
帰りに勝手口にお行儀良く座って余り物を狙うのら猫くんが居た。彼もうみゃーと言っていた(ような気がする)。

その近くのお花屋さんで「黒松」のミニ盆栽となんだっけ紅葉している小さな木、それからチューリップの球根(一個50円)を幾つか購入。少し行くと凸版印刷にある印刷博物館へ。今回は「ドイツの美しい本」たちをみました。これは「本と」に勉強になった!

この辺は、本にまつわる歴史がころがっているらしい。うちなんて、江戸川乱歩の住んでいた敷地らしいし、夏目漱石は相馬屋という文具店で特注の原稿用紙を・・・そういえば「たつみや(神楽坂うなぎや)」も、ジョンとヨーコが行ったらしいよ。ってちょっと本から離れた。。。

その後は・・・マッサージで仕上げ。
もう、にゅるりとなった日だったよ〜・・・ゆき、楽しかったね サンキュ♪

dimanche, octobre 29, 2006

サジの投げ方

サジをなんども投げかけた

器用でないから
うまく投げることが
できなかった

サジをなんども投げかけた

近くの飲みかけの
冷めたお茶を
かきまぜた

ふるい傷のむねの
もっと奥がうずをまいている

悲しくなって
サジが投げたくなった

寂しくて
サジを舐めている

味は無くて
とても冷たいプラチナ製

samedi, octobre 28, 2006

PODCAST で、朗読

を、のせてみました。
時間があったら、ぜひ聞きかじってみてください。
まだ、試運転中なので、誤字脱字もあり、おかしなことになっています。。
間違い探しや、ご感想をいただけるとなお、うれしい。。。

A bientot "CW2サイト”

mardi, octobre 24, 2006

携帯電話が旅立ちました

キャー・・・
瞬間。とっさに手は伸びたけど、間に合わず。。。遠くに旅立ち、影も形もなくなりました。
この日記をご覧の方は、ぜひ、私にメール(連絡先)をください。
このHPトップからプロフィールに入って頂けるとGmailにて届きます。
どうか。。どうか。。よろしく。。

dimanche, octobre 22, 2006

E・ゲバラと赤ちゃん

一年くらい前から見たかった映画をようやく見る。モーターサイクルダイアリーズ。

ゲバラは普通の、いやちょっと賢い青年だった。偉業を記したものではないと何度も語る映画「モーターサイクルダイアリーズ」。ゲバラの思いがけない旅の体験がやるべきことの発見をすることになった。なぜ、医者を目指していた青年が革命家になったのかを遡って辿るストーリー。環境が、体験が人を変えていくということ。特殊なことは何一つ描かれていない。(この場合の「特殊」とは奇を衒ってはいないという意)

もう1つ、赤ちゃんの能力についてのNHKスペシャルを続けて見た。人間は生まれて間もなくすごい可能性を秘めているんだということがわかった。
しかし、人として機能して、環境に慣れていくために、沢山のシナプシスを殺しながら新しいシナプシスを誕生させている。それが、果たして良い事なのか悪い事なのか。そして直接、人と触れあわなければ発達しない能力があるということも。。

ゲバラは少し育ちの良い青年だった。かわいい子には旅をさせろ。医師になる道を支援していた両親が、旅を許して、最後帰ってくるまでの間、じっと青年の帰りを待つ。「何か」を掴んで帰って来た青年には、何やら強い使命感がみなぎっていたに違いない。
正直な、そして命の力を感じる瞳。明るい未来を見つめながら、現実から目を背けない姿に深い感銘を受けた。
やるべきことを見つけた人間は強く、そして美しい。

こころ/こおろぎ

さみしさは
だれにでもあるだろう
かなしみも
かかえきれないこともある


そんな思いだけならセンチメタルで、まだ救いようがある。
私はひねくれものだ。そして、気持ちを表現するのもかなり不器用な人間だということもときどきあることに気がついてはいた。こと身近な人にはなおさら・・。
とくに、この数日、私は何かに追いつめれていた。

肩から腕の痛みは少しではあるが回復に向かっているように思える。激痛だった時は何も考えられなかったのに、少しずつ収まってきてはいても、何かをする毎に感覚のない右手の人差し指と中指に、「手から滑り落ちるもの」をふと見てしまっては、自分の不甲斐なさに腹が立つ。それが、何に集中していても起こるので、そこで途切れる。いらだちはいつのまにか、焦りに変わった事を、今更ながら気がついてしまった。

悔しい。
ただ悔しい。
悔しいことなんか、いっぱいあるはずなのに、行き場が無くてもだえる。

こんなときに、悪い事ばかりを連想する事もやめた方がいいことはわかっているのに、こんなときに限って悪い事の連鎖はやってくる。
夜中、手の痛みで起きると、突然、長い間愛し続けているペットが(歳をとってしまっているので)亡くなってしまうのではないかという不安や、田舎にいる両親や旦那さんの両親が元気でいるだろうか。とか。祖母は、今頃どうしているだろうかとか。兄妹のこと。赤ちゃんの事。最後に、自分の影が薄れていくような、ばかばかしい環を作り出す。

都会のこおろぎは、どこにいるのだろうか。
とつぜん、夜中に彼らに出くわしたときのことを思い出す。
いつも一匹で夜中でもじっと何かを見つめているようなこおろぎが、いま目の前に居てくれたら。きりぎりすが蟻に諭されるという物語があったが、こおろぎは仲間だろうか。どうでもいい、いまこうろぎにさえ慰めてもらいたい。

「甘え」たいんだってこともわかっている。
ただ、がんばらなくて、いいんだって、言って欲しかっただけなのかもしれない。

vendredi, octobre 13, 2006

詩を沢山読みました。
中には、詩ではないのかも?と思えるものも。

思いと技術。
バランス感覚。

かなり緻密に書かれていても、気持ちに呼びかけてくれないもの。
技術が云々というよりも、そのエネルギーが何のためらいもなくほとばしるもの。
この場合、多くの人の心に響いたりして最後まで残ります。

技術よりも力。
それはやはり「生命力」なのかも知れません。

美しく、完成された綺麗さより。
少々荒々しくも輝ける綺麗さに、惹かれる。
それは、やっぱり「命」の、「魂」の綺麗なもの、なのかも。。

mercredi, octobre 11, 2006

決めなければいけない

さあ、素敵な原稿が沢山。
箱一杯の原稿が2箱。
この中に今回のもっとも優秀な作品として選ばれます。

でも、ここには沢山の思いが詰まっている。
そしてそれは、とても比べられるものでは無いのです。
そこは一番心得なければならないところ。

応募して送る姿勢。客観視できるそのバランス感覚。
コンセプト。独りよがりではなく社会性もあるもの。
などなど、それらの条件をクリアしてトップに出るのは
一体。。。と、わくわくする反面、同時に罪悪感もあります。

なぜなら、最終審査に残るだけで、やっぱりすばらしい作品が多く、
審査員たちも、甲乙つけがたい状況であったとしても、決めなければ
ならない、苦渋の選択をしていることも、あるんです。

しかし、取りこぼしてはいけません。
そのマエ段階にて、私は紙一重であるこの詩の言葉の世界を
見落とさないように眼を見開いて居続ける必要があります。この時期。

楽しみな反面、かなり緊張します。

苦しみながら1位に選んだ後で、その下の作品の方がもしかして良かった
のではないか。。と思う事も、いまだにあります。正直。

だから、その近くの枠に入っただけでも、十二分にすばらしい作品と言える
のです。残念だけれど、それこそ運としか言いようの無い決着もあるんです。
なんでも、そうですよね。

ああ、ココまで書いといて、やっぱりこの時期の私の肩の荷は重い、気がする。
でもそれだけ信じてもらえているということなんだろうな。
期待に出来るだけ答えなくっちゃ。がんばります。

dimanche, octobre 08, 2006

新しいこと


















新しい原稿を読み込んで、その才能に触れる。惚れる。
新しい本になることを夢見る。
本になるのは、現実になる。
それが私の新しい仕事。
読んだ詩たちが新しい読み手に届きますように。

新しい声を聞く。
声は透きとおって誠実だった。
いつか、珈琲カップを囲んで会える日を約束する。
新しい言葉の仲間なんじゃないかと想像する。
語らったことがまた、新しい言葉を生みだしますように。

古い事をすこしだけ気にして、
新しいものを入れてかき混ぜる。

友達はいつでも友達。師はいつまでも師。
繋がった瞬間から、新しくても古くてもそれはいっしょ。

(写真は、パリの国立自然史博物館 le Muséum national d'histoire naturelle
映画:「ラ・ジュテ」や「12モンキーズ」を思い出す・・・)

vendredi, octobre 06, 2006

こんな時間に

起きてしまった。

明日、いや今日、大切な審査があるのに。
しかも夕刻には久々の「ゆき&みえ&あすか」とのお食事会。
そして24:30@NHK:POPJAMを見届ける予定なのに(ウチのビデオ御愁傷様です)。

理由は腕と頸椎の痛み。

長い文は打ち込めないけど、こんな時間に変な夢まで見てしまったので日記をあげています。
いやー「神経痛」って言われた時はぶっ飛びました。イメージだとどうしても年齢がぐっと高い人がなるものだと。
でも治るとは、思います。今は右の腕にテープなどで補強。
ボールペンで字がうまく書けません。へろへろになってしまいます。字が笑ってしまう。
まだましなキーボードもナカナカ思うように動きません。特に右薬指と小指。こんなときにもこの二本の指は、微妙に動いていたんですね。

このところ、整骨院に行くのが日課です。
少し前まで首が右に曲がらなかった。それはちょっと良くなった気がします。三叉神経の痛みも減ったし。。
先生は「頸椎ヘルニア」かも知れないなんて脅します。ひえー。。あれ?ヘルニアって、腰だけじゃなかったの?!
整骨院では、友人が待合室にいました。びっくり。彼女も長いこと腰痛に悩んでいるらしかったので少し前に紹介してありました。
互いに仕事が忙しいのに、こんなところで出くわすとは。。

頸椎ヘルニアとは、事故にあった事がある人や強い衝撃を受けた人がなりやすいらしいのですが、TVCMなんかでやっている《イタタタタ〜》というポーズに稲妻のアニメや画面が白くなるような絵を思い出します。ほんとうに、ほんとうにあの稲妻のような激痛が走ります。激痛で寝付きが(益々)悪いです。そしてタイピングがうまくいきません。これ、字だともっと深刻です。
せっかく編集をするというのに、ここで身体の障害を訴えては仕事がはかどらん。何よりも、このタイミングでこんな痛みは経験したくはなかった。

しかしおかげさまで、いろんな事がわかりました。何でも「きき手」でやっていたんだなぁとか。身体のどの部分も大事な役割をもっているんだなぁとか。どこかが不自由な方がいらしたら、出来る限りお手伝いしようとか。父母のコトを大切にしようだとか。(苦笑)
そういえば昔、祖母が膝が痛んでトイレに行くときに冗談なのか本気なのか「りえちゃん、かわりに行って来てくれ〜」なんて言ってたな。どうしてるだろ。

こんな時間に、痛みで目が覚めたので覚え書きとして記します。

数時間前、NEWS23 で筑紫哲也が「戦争」という文字をテロップに書いて話していた台詞をふと思い出しました。
「人間というものはそれほど利口に出来ていない。経験をしたにも関わらず同じ事を繰り返してしまうことが多々ある。だから愚かな戦争を繰り返す歴史がある。直接的に経験していないとなると、もっと愚かな事が起こってしまう可能性がある。云々」と、我が国の若い総理に対しての不安を淡々と語っていた。
「喉元過ぎればナントやら」、人間の曖昧な記憶。忘れてまた、無謀な事を繰り返す動物でもあるのだ。
大雨の音と湿気に、神経を痛め敏感になっている身体に、鈍い考えが横切る朝方。