vendredi, mars 19, 2010

四日目 夜・音楽鑑賞

ココちゃんです。

昭和のヒットソングを聞いています。
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座り直しました。
スピーカーの前です。

いままで、ほとんど出てこなかった方の仔です。

いつ、おトイレに行っているのか、心配していましたが、大丈夫だったみたいです。。
良かった!

mercredi, mars 17, 2010

三日目夜:おうち認識


「僕、アッシュです☆よろしくっ!(キリッ)」

日曜の昼過ぎに着いて、約二日、すでにうちの仔の風格です。
そこいら辺の柱の匂いをかぎまくっています。まだ、ロイの匂いが残っているのでしょうか。私たちにはわからない匂いが。。。

12日に去勢手術を済ませ、次の日13日には退院。次の日14日はうちに来ることになっていたという大忙しのアッシュ君ですが、すっかり溶け込んでいます。
しかも、この写真は、ちょっと離れた場所にいて寂しくなったのか、私の机のそばまで来ての“仁王立ち”。この後、ドアと壁の間にエアコンの空気が溜まるということを知ってその間に入り混み「ん、温かいにゃー」というポーズ↓です。

こうなると、もう慣れていないとは言わせない! 

後は、ココだねー。。。彼女は相変わらず押し入れ→ソファ下を繰り返し、まだまだ「誰だ、この人」という反応です。それはいいけど、ご飯を食べて、排泄をしてください!お願いしまっす!!

mardi, mars 16, 2010

二日目夜

さっそく、グレーの男の子、わんぱくぶりを発揮!

アッシュくんです!
ココちゃんはまだゴロゴロしてくれませんが、アッシュくんは、ゴロゴロ、抱っこ、スリスリ、腹見せなどなど、一通りしました。

二人は、訪問時にも泣かなかったので、昨夜、初めて声を聞きました。
二人とも、とてもかわいい声です。ダミ声ではありません。
アッシュは、何度か呼んだら、まだ呼ばれて数回の名前に反応? 返事までしました。
のら猫のままだったら、君は生きていけなかったね。。
良かった。。

保護して募集してくれたYママさんに、感謝しなさいよね?!

プルーン マルゲリータ

咲きました。
今年は実がつくでしょうか。。

lundi, mars 15, 2010

移動

ほらあなより、こちらの方が安心と、移動しました。

我が家の押入れは三段なんですが、その二段目。
二段目の語学テキストの上に。
女子は、英語。男子はフランス語の勉強中です。

遠くから見守りつつ、お世話。なかなか楽しい感覚です。
まだまだ、いつもの外国人ホームステイ時の初日モード。
お腹を見せる日はいつのことやら。。

dimanche, mars 14, 2010

ほらあな

きょうの昼過ぎ、到着した二匹。
今朝、急遽作った段ボールのほらあなから全くでてきません。

まだ、安全の確認がとれていない様子で、飲まず食わず。。排泄ももちろんまだ。。心配です。

うーん。。

jeudi, mars 04, 2010

3月3日・まつり @池袋

相当な時間、私のおひな様は日の当たる場所に出てくることなく一年、また一年と・・・かわいそうです。
(実家に帰ったときにはぜひ聞いてみよう・・・いや、明日は母に電話をしよう)

池袋ではこんなお祭りがあったので、記録しておきます。

takさんこと大島健夫さん主催のイベントが、池袋の3-triでありました。
いつも、「いくーっ」て言っておきながら(そのときに限っていつも)行けてなかったので、家にステイしているインドの子を気にかけながらもいってきました。

最後まで居られないと思っていたし、それがいつなのかわからないと思っていたのですが…なんでしょうね(雰囲気にのまれやすい、意志が弱い)、受付で「参加されますか?」と聞かれて思わず「はい」と言ってしまい(手持ちがなかったのでiPhoneに入力の)、午後に作ったばかりの詩をひとつ読ませて頂きました。
(出来たばかりで読むと、案外新鮮さが保てるんですよね。慣れていたらそれはそれでいいのですが。)

みんな素敵でねー♪
ほんとに楽しかったです!

なんかいいよね。他の人の意識の場所を知るみたいで…ちょっとした探検気分です。

今回のメインゲストは、川島むーさん、猫道さん(本日の日記)、市毛友里さん、そして主催の大島健夫さんでした。
猫道さんはすでに日記をアップして、参加した人たちの写真が(かなりアップで私もはずかしいですが)載っています。
写真が上手で雰囲気が良く伝わってきます。

また行きます!
Jetでも会おうねー!みなさん!

あ、あしゅりんさん、お誕生日おめでとうございます。(って見てないよね。。。)

医学と芸術展


写真は脳内の五感を表す現代アート作品。

先月末までの展覧会、六本木ヒルズ・森美術館にて。
ひとつしか写真を撮っていませんが、ダ・ヴィンチの仕事からやなぎみわまでずらっと、人間の中身(肉体)への興味と現在に至るまでの医療の発展に芸術は密に絡み合っていることがわかりました。
一瞬、どきっとするような、あるいはぎょっとしたり気分が悪くなりそうなグッズもあるのですが、モノの存在には理由があることを知ると大丈夫でした。
実際に気分が悪くなるというのは、物体にではなく、人間の醜悪を垣間見るような作品や物体の制作過程に感じていたのかもしれません。
展覧会としての企画は非常に興味深いものでした。

mercredi, mars 03, 2010

映画『抱擁のかけら』★★★★☆

映画の日に友人と観に行きました。
ペドロ・アルモドバル最新作。ペドロはますます熟していく。多くのことは語りたくありません。この映画は語れない情報のほうが多いということもあります。目が見えなくても、今ここに亡くても、感じることが出来ることの素晴らしさを教えられました。

mercredi, janvier 27, 2010

0124 No Man's Land【フランス大使館】

フランス大使館の最初で最後のオープン企画。
アート、廃墟寸前の大使館が炸裂しています。

↓入り口(検問みたいなものがあってその手前)にこのような(紙っぽいけどちょっと違うかな)門があり、人数制限をして入場。半ば「学園祭もどき」でしたが、たくさんのアーティストが所狭しと競演していました。


↓伊勢谷友介率いる「リバース・プロジェクト」の休憩所。椅子、テーブル、館内のものか、もしくはどこかで拾ってきたものを組み立てて再利用しています。ここではテーブルは「ドア」でした。


↓部屋の中に「バスケットボール」をプリントした紙くずの山とゴール。向かい側の設置されていた大使館のキャビネット。


フランス大使館の全体から、建築やインテリアの角度から見ると昭和のそれぞれの歴史(もちろん日本の)を物語るもので、その廃墟寸前建物や室内の造り、庭などとのアートとコラボレーションし、公開するという企画そのものが興味深いものでした。

↓屋上はもともと土が張ってあったのか、それとも今回の企画で持ってきたものなのかはっきりしませんが(おそらく前者)、そこを利用してのアート(ちょっとベトナム戦争を彷彿させて怖いのだが)。

★写真のアップは[faceBook]のバナーから入ると80枚くらいアップしてるので、ぜひご覧ください♪
今月末で閉館になりますので、どうぞお早めに。。。

ほかにも、たくさんの有名(無名も)なアートの方の参加によって、大使館すべてのスペースが埋め尽くされ、アートが溢れかえっています。
私は「アート酔い」したのか「人酔いしたのか」、広尾から帰るころから気分が・・・家にかえってからごろんとしてしまいました(汗)。もともとアートのための順路もなかったのですが、廊下も狭く、人の混雑も激しく息が詰まりました。。

mardi, janvier 26, 2010

0122金曜夜。キノコ

珍しいキノコいきました。
「私が踊るとき」。今までみたなかで、一番好きだったな(けっこう昔のを見てる)。
音楽は家の人がちょっとお手伝いしたらしい。
幕開けの登場シーンはしびれるな。。。見ていたら股関節が抜けるんじゃないかと心配になった。。。

演出の成熟度も高いけど、同じくらい微炭酸で飲みやすい。
たとえば・・・果汁85%くらいな感じがしてノドもいがつかない。
それが、私には嬉しかった。



ひさしぶりに見た主宰のちー(伊藤千絵氏)はやっぱりすてきな女の子で、まるで変わってないのも嬉しかった。

私が踊るとき、(私が詩を書くとき)こんなかんじだなーっていう説得力のある作品でした。

また会いたいな。


帰りに食べた三茶の沖縄料理店「古都首里」は、どの料理もおいしかった。久しぶりにfumiちゃんにあえたので気がかりな仕事が頭をよぎったけど夕食。。。
初めて食べた《田芋の唐揚げ》とか、小さい魚(家で飼ってる魚みたいなやつ)がのった豆腐とか、《ワタガラス》とか。。
鍋もとってもおいしゅうございました!

↑これ、名前なんだっけ。。

lundi, janvier 25, 2010

0123 デッサンの日


左:自分の絵 右:友達の絵 ふたりとも文字違いの「RIE」。
ちゃんとサインも入れました。


久しぶりにデッサン。

描いているうちにどんどん開いていくポピー。「花は生きている」と実感する時間。
生きているようには描けなかったけれど、この時間がとても貴重な時間と感じました。
命の息吹と、自分の心臓の音が響き合って調和してこの絵がうまれたような。。。

鬼頭恭子氏とお会いして、あなたは名前に「絵」がせっかくあるんだから描けば?!と言われていました。そして数ヶ月ぶりにお会いしたら、また元気をいただきました。

油絵は次回。
ちょっと恥ずかしいけど、恥は敢えてさらす。。。
とにかく集中するって気持ちいいなぁ。

vendredi, janvier 22, 2010

応援!【ブラッディ・マンデイ】

友人がブラッディ・マンデイに出るので、観てくださいなーの応援日記。
このごろじゃ、まったくといってよいほど【連続ドラマ】らしいものは観ていないのだが、準レギュラー(かなぁ?)のようなので、ぜひご覧ください。(このブログにもリンク貼ってる)滝沢涼子です。どうぞおみしりおきを。

私は数日前からカウントダウンをして、「テロリスト」の役(成宮くん側)なのではないかと期待していたのですが、どうやら良いほうの人?らしいです。公式サイトの相関図を見ると乗ってないのが残念(売り出し中の若い子たちでいっぱい)ですが、竜さんの側の組織らしい。。。
まぁ、見てみないとわかりませんが・・・

というわけで、ぜひぜひみなさまよろしくおねがいいたします。

lundi, janvier 11, 2010

乾燥


かゆいの通り越して皮膚がいたい。。
毛糸だとか化繊だとか、首のところにタグのかぶれ。

昨日、かよと行ったパワースポットの付近のハウス・オブ・ローゼのミルクとカミツレの入浴剤。
昨日と今日を一つずつ使って、オリーブオイルを塗って寝たら、なんとすっかり良くなりました。
(まだ痕はあるけど)
昨夜はカミツレ(こちらはほとんど天然成分のみで、ぬめりのあるお湯になります。ほんのり甘い香り)。
さきほどまで入っていたのはミルク(あたりまえのように乳白色ですがかなり甘い香りでミルクキャンディーのようです。いつまでも入っていたかった〜ぁ)。

ちょっと思い出したんだけど、松田聖子は入浴剤など入れずに「真湯」で入るらしい。肌強いんだね。
真湯ってなんだ? 確か、マシュー南と2人で盛り上がってた。。
ファンでもないのに、なんで覚えてるんだろ。
気をつけていても、実家に行った年末年始はうっかり気を許してしまったらこの始末。

いや、まだまだ油断できません。

samedi, janvier 09, 2010

カフェ



久しぶり(三ヶ月ぶり?)にあったKayoとお茶。
例のパワースポットで。
ムーミンカフェのシルエットカフェとロイヤルミルクティー。
どちらにもニョロニョロはいました。

mercredi, janvier 06, 2010

福の神様たち

去年からはじめようとした七福神めぐり。

「はじめようとした」と、書いたのは・・・去年、浅草の浅草寺スタートにして4つめの神社であまりの寒さに断念をしたからです。道にも迷ったりしたしね。。。

12月、クリスマス前に滝沢が家に、自分で打ちたてのそばを持ってきてくれたときに、「今年は制覇しよう!」ということになりました。

大黒天 (浅草寺)→恵比寿 (浅草神社)→毘沙門天 (待乳山聖天)→福禄寿 (今戸神社)→ 布袋尊 (橋場不動尊)→寿老神 (石浜神社)→弁財天 (吉原神社)→寿老人 (鷲神社)

あれ? 多いよね・・・最後の二つは近くにあった神社だったのでいっちゃいました。。。

巡った場所では、まず浅草寺の黒檀念珠(これはもう五年ほどしていて厄除けによいと勝手に思っている品)、今戸神社の招き猫お守り(青)と招き猫おみくじ(大吉! これは小さくてお財布に入るので去年のをお渡しして新しいのを入れました・・・今年は緑色のチョッキを着ています)などを。


ということで、七福神は制覇し、去年行った「色川(いろかわ)」でうなぎを食べようと言っていましたが、おやじが話しかけてきて落ち着かないという話もあり、最後の神社付近のバスで錦糸町まで出て、電車で水天宮に向かいました。駅前の水天宮は弁財天、子宝で有名らしいです。夕方6時頃、水天宮の「喜久川(きくかわ)」でうなぎをたべました。(付近で迷って電話しちゃったら息子さんがお迎えにきてくれましたびっくり)香ばしく焼けていておいしかったです。余談ですが、女将さんが美人でした。

それにしても、結構歩いたなぁ。(体が鈍っているので、明日からはWiifit-plusをやろうと思います)

滝沢さんは本日は京都太秦で仕事(早朝の新幹線)なので、早々に引き上げたけど、疲れてないかしら。。。

帰りに、何気なくメールチェックしたら、ライターの仕事が二件も入っていてびっくりしました。
そういえば・・・と、滝沢さんが言ってたのですが、去年も色川でうなぎを注文したあとに電話が入ってきてそれで仕事が決まったんだそうです。うろ覚えな私ですが、目の前で彼女が言うのですから本当でしょう。
とにかく、神様たちの御利益はあるらしい。。。

来年は日本橋の七福神にしようという話になっていました(笑)。


浅草雷門付近 喫茶店ラークのハニージンジャーティー



浅草寺 本堂(修繕中)



喜久川のうなぎ(上が売り切れだったので並)

mardi, janvier 05, 2010

2010、元旦+2日








あけましておめでとうございます。
ことしもどうぞ、よろしくおねがいいたします。


写真は水戸の千波湖の白鳥のハートのキス、黒鳥と鴨とか(かおなしみたいな鳥の名前はなんだったかわすれました)、そして元旦の足利大日尊(鑁阿寺/ばんなじ)の初詣です。レポート風の写真にて失礼します。
一日ずつしか帰れませんでしたが、家族(弟の新婚家庭はのぞく)みんなの顔が見られて安心しました。
新婚さんたちはイタリア、フランスだそうです。
帰ってきたら義理の妹にも会ってお話くらいはしてみたいです。

jeudi, décembre 31, 2009

アップルパイを焼きました


いま、試しにiPhoneから。

実家に帰る電車のなかです。
(後日アップというほどでもないようなアップルパイですが・・・それぞれの実家に持って行きました)

今年はいろいろありましたが、呼んでくださる人がいて詩を読む機会があったり、新しい出会いがあったり、楽しい旅ができたり。。みなさまには、たいへんお世話になりました。
ありがとうございます♬
また、来年もどうぞよろしくお願いします。

みなさま、よいお正月を!

mercredi, décembre 30, 2009

2009年 ロイのわすれもの


今年は忘れられない年になりそうだ。
17年という長い時間をともに過ごした小さな命を失ってしまったこと。
その病気に対して、何もできなかったことを悔やんでた時間もなにも意味がないとわかってはいるけれど、体の奥でどこかにそういったしこりのようなものがあるのは確かだ。

小さい頃から詩人だと思っていた素敵なバンドマンもいなくなった。
彼の曲を聴くと、ロイと過ごした高円寺での日々を思い出す。彼が亡くなって、私の愛する猫は追うように居なくなってしまった。しっかりとした四肢とずっしりした胴周りの黒い猫は、死ぬ寸前にすっかり小さくなって半分の体重になっていた。

私は、彼の病気から目を背けていたような気がする。医者いらずの珍しく丈夫で毛艶が良くていつも褒められた色雄猫は未だに近くでベッドの縁に勢いよく上ってきそうで、この半年はほとんど毎朝悲しんだ。辛かった。

このブログも書かなかったなぁと、ふと思って今日開いてみた。
(これは反省)
私は日記という現実からも逃げていたに違いない。

そういえば、自分の気持ちに正直でいることも、ほかの小さなことを気にしないことも、ロイはいつも教えてくれていた。
どれだけ、ロイが大きな存在だったか、小さな黒い猫が、どれだけいろんなことを訴えていたかを、亡くなってからこんなに知ることになるなんて、私はおろかだったなぁとつくづくと思っている。

デリケートでいるわけではない。
ただのロストペット症候群でもない。
私は、ロイに置いていかれてしまって寂しいだけだと思う。ロイと会えて良かった。ロイが居なかったら実は自分がちゃんと今を生きていたかどうかの自信がない。ロイに出会った頃の私は、今よりずっと弱かった。それは事実だし、彼がただ黙ってそばにいて見つめてくれただけで「小さなことは気にしないで」と言われていた気がしていた。

猫が死んだ。
それを聞いただけでは、何も大きな事柄には聞こえない。
けれど、私のこの手の中で、私にとって大切な命が消えていくとき、私は取り残されたことをはっきり感じた。

彼は、やっぱり天使だったと、馬鹿みたいに信じている。

dimanche, juin 21, 2009

ひさしぶりの。(『JET POET〜returns vol.X』告知)


リーディング。
お誘いあってリーディング・ライブをします。

今回もまた新しいものを書いて持って行きます!
(リーディングの仲間であるケイコちゃんの誕生日でもあり)

よろしかったら、いらしてくださいませ。
お待ちしております。

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「JET POET〜returns vol.X 」〜即興の音楽と詩の朗読の宴〜
6月24日(水)@原宿JETROBOT

OPEN 20:00 START 20:30
Charge: 1500円+1ドリンクオーダー(500円〜)

出演
朗読:
後藤理絵

川島むー
  http://mixi.jp/show_friend.pl?id=569369

tak
  http://mixi.jp/show_friend.pl?id=2516103

・ロビー
  http://mixi.jp/show_friend.pl?id=112262

・市毛友里

ZULU
  http://mixi.jp/show_friend.pl?id=2861855



演奏:
・ひら (cajon, percussion)
  http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3028025

・empty garden (piano)
  http://mixi.jp/show_friend.pl?id=15287461

dimanche, mars 01, 2009

チャロー・インディア

あと少しで終わっちゃうので紹介。チャロー・インディア
チャローって“ Let's Go! "という意味らしい。
去年の暮れ頃に森美術館に観に行ったのがこれ。
インドのアートの現場が伝わってきます。
インドの風景も移り行くのでしょうけれど、これからはインドによって世界が変わっていくかもしれない予感もあったりして、インドのパワーはどこまでいくのでしょうか。。。

さてわが家では、今週末もインドのカレーが登場。Ryokoは相変わらずのマイペースさで今週もわが家がカレーだと思っていたらしく友達にカレーパーティだと伝えていたらしい。急遽お友達のAonoさんもカレーが好きということでわが家のインドカレーを召し上がってもらいました。二人ともお気に召したようで、やっぱりうちのカレーはすごいと。。。
ダー曰く、インド人の友達に買ってもらって重宝しているこの本がすごいとな。でも、やっぱりその辺のインド料理やのカレーよりうまいのだ!本っていうのは、分厚くて重くって英語で全て書いてあるので、持ち運び不自由な代物ですが、確かにどれを作ってもウマいという評判になる。ハードカバーの料理本なんて今時日本では余りお見かけしませんが、インドでは多分上流階級の方しか買わないような本なんでしょうな。。。

そろそろ、やっぱりインドに行きたいと思うのですが。
みなさん! レッツ・ゴー(チャロー)・インディア!!
インド貯金しないとね。多分もう三年前のインドとは違うのでしょうね。。。。

mercredi, février 25, 2009

ネーティ・ロタ

1月からこれをほぼ毎日やっています。最初はなんとなく面倒だったし、習慣になるまでの間は鼻の穴から鼻の穴へ左右を通すときに声を出さないと出来なかったのですが、今は違います。
教えてくれた先生が「口から出るようになるともっと気持ちいいですよ」と。。。で、二回目から出るようになって、今では難なく毎日出ます。
これ、なんでも「チャクラ」に関係しているみたいです。
身体の中にある(例えば、第三の目といわれるチャクラとか)全てのチャクラはヨガで開くことができるけれど、鼻の奥にあるチャクラというのは普通のヨガでは刺激も出来ないし開くなんて出来ないってことで、このネーティ・ロタがあるとかないとか。
詳しいことは、よくわかりませんがヨガの方法論に基づいているらしいです。
これが出来るようになってから、鼻が詰まらなくなった気がするし、花粉が飛んでいても鼻の通りが良くなったような気がします。実は私は鼻は良くない方だし、季節の変わり目にはいつもぐずぐずしています。ダストアレルギーでもありますし。。。
しかし、今年はなかなか快調ですな。
まだまだ続けて経過をみてみようと思います。

☆ベトナム郊外の市場の近くにあるサトウキビジュースをしぼっているひと。
 ジュースはビニール袋にストローが刺してあった。ベトナムでおいしいジュースはこれとドリアンジュースだったな(懐)

dimanche, février 22, 2009

にゃんにゃにゃーん(2/22)



最近のうちの猫さん。基本的に丈夫なんですが、ちょっと鼻水とくしゃみが多くなってきました。花粉症?猫アレルギー?さすがに17歳ともなると、仕方ないのかなと思いつつ、ウチの子だけは違うと思いたい。
しばらく前まで軽々と上れた場所に、去年の半から上れなくなってしまった。
先日、ダーがインドから帰って来て、早速心配したのが猫のロイのこと。
元気が無いということで、今日は近所の獣医さんのところに行ったんですが、ちょうど閉まったところで、また来週に健康診断に連れていく予定です。寒いのに、引っ張りだされたロイは、帰り道に怒っていました。
雑種なんだけどほんとは「ロイク・ロイ・デュシャン」という名前が(一応)ついていますが、実はこれ、好きなアーティストの名前と毛並みの色から付けられています。
長いこと一緒にいて、私の具合が悪いときは彼も具合が悪くなったりして、ほんとに不思議な縁で巡り会った猫。とても大切な家族です。
その後、夜にはインドカレー。ダーのカレーはほんとおいしくて、友達うちではかなりの評判です。今日は夜、仕事帰りのKayoも来て夕食。ロイも機嫌を取り戻しました。
それにしても、いつもだけど、今日のチキンバターカレーは格別で、ほんとうにほんとうおにおいしかったです♪
私は、サフランライス(シナモン&ブラックカルダモン入り)を担当。いや、カレーはかないませんからね。。。

☆これがチキンバターカレー。インドのスパイスをすり潰して作っていた力作です。

☆そして食べ方の見本はこれ!インドではこれが基本ですね♪

vendredi, février 20, 2009

「らしさ」の季節

去年はなんだかずっと霞の中を歩いていたような気がしていて、特に冬って得意ではなくてあまり行動しないはずだったのに、無茶に行動してみたり、とか。なんか調子の掴めない感じでした。
最近になって、やっと感覚がつかめてきたような気がしてる。
季節のせいもあるだろうけど、やっぱり仕事が好きなんだな。
原稿を見て、どんな“料理”をしたらおいしい本ができあがるのか。。。
そんなことを考えているのがとても好き。

びっくりな話ですが、前の会社の同僚を初日に発見!
二度の出会いってあるんだなー♪
今月からスタートして、この三週間は本のことを考えるしあわせな時間。そして続く。。。


自分を取り戻したこと。ほっとしてるところ。
まぁ、出版業界という世界を考えると、活字離れが進んでいる世の中、厳しいものではありますが、必要とされるのはとてもうれしいことです。
無理せず、またやっていこう♪
(創作もね♪)

☆2008.8 ベトナムで泊まったホテルの朝食。
この中身は肉味噌とピーナッツ添えの(細長の)ご飯。細長いご飯だから日本流に「むすぶ」ことは出来ない! しかし見た目というかこのパフォーマンスはシンプルでおいしくて二十丸でござんした♪(めざすはこの「料理」だな。)

mardi, février 17, 2009

そしてKaeraな日々。



5周年だそうで。
おめでとう。

ずーっと洋モノのロックにはまっていたのにおよそ半年前くらいからこのヒトの曲ばかり聞いてしまう。
Jポップにハマるなんて久しぶり。

かわいくてかわいくて。。。。クセになる。
本当に久しぶりに「女の子」にぞっこんだ。

あるコマーシャルでは女の子が大人になったというシーンで登場するのが彼女だけど「大人の女」という役がまた中途半端でとってもかわいい!
「かわいい」って言葉しか言ってないな。

また、歩きながら聞いて歩こう♪
ちなみに、彼女の名前は「木村=カエラ=りえ」! いぇい同じ名前♪

lundi, février 16, 2009

回転する言葉:33 1/3r.p.m.

サン・ヴァランタンの夜。
Kayoが回していた曲たちは懐かしのナンバー。
元同僚の懐かしい顔と、それより巻き戻される思い出と共に、薄暗い店内の空中に拡がる。

重いLPのバッグが駅のロッカーからお店まで、か細い腕で運び出されてかけてくれた曲は、おそらく私が行くことを予測しての選曲でもあっただろう。幸せ+LOVEの時間。

愛はココにも、いろんなところにあるんだなー。
LOVEを物語る歌詞は、嫌味無く自然に長いこと生きている。詩を書いた人から、曲を書いた人から、たくさんの人に届けられるプレゼント。

ここに辿り着く前に、Yukoと映画試写に行って、そのあと原宿のKayoの友達のMA-koのお店でばったり私の古い友人にも会い、繋がっていることに驚きながら向かった下北沢。

日をまたがって、一緒にいた時間。昼にチキンと野菜のスープがかわいい食器にセットされて出てきた後、私はまたこたつに寝転んでゆうべの続きの曲でまどろむ。そうしている午後にまた、懐かしい人が部屋に入ってきた。
Kayoは入浴中。私は電話中。彼女は慣れた様子で部屋に入ってくる。それぞれが、まるでココを待ち合わせ場所にしていたようにリラックスした合流。もう、ゆるゆるした時間をずっと味わっている感覚。

今日は、久しぶりに日本に帰ってきたダーに会った。インドはどうだったか?目覚ましく変わりゆく都市の話。私の好きなインドの友人の話。もっともっと話すつもりだったが、帰ってほっとしている様子だったので、日本の家庭の「洋食」を食べるのも駆け足だったり、久しぶりの「お風呂」が気持ちよかったりでゆったりしてるダーにあまり多くのことを聞かずにいた。(Kayoおすすめの洋菓子屋さんの)生チョコレートを紅茶と一緒につまんで、またリラックス。

昨日と今日の、Kayoの回していたターンテーブルの黒いアナログ盤の心地良さを、ずーっと思い出していた。


samedi, février 14, 2009

信頼のハート

こんなタイトル、'70のどっかの金融関係のコピーみたいだけど、このごろとても思うこと。
人と人との繋がりは「信頼」で出来ている・・・って。

心底心を許せなくて、どれだけ普段いい加減なことをしていても、ある一点で信頼が大きな仕事を成し遂げると思う。
その後に「信頼」が生まれて。その回数が重なって行くとやがて「かけがえのないもの」に変わる。
昔の仕事の世界の中で、人と人が駆け引きで関係を成り立たせているような錯覚を起こしたことがある。
諦めて、自分自身もいつの間にかそこでそうなろうと努力した。
けれど利害で関係を推し量るのはとても寂しいものだ。味気なく喉元に落とされていく観賞のない食事。身に栄養を与えることも無く排泄されていくような感覚だ。

ある時期に感じたあの感覚を忘れない。
うっかりと自分の心に「信頼」を忘れそうだった頃。
野望や目の前の仕事に足を救われてしまいそうだった。深みにハマらずにいられたのは父の一言だった。あの言葉も耳に残っている。小さい時の“かわいらしく素直な私”をやさしく語ってくれた。
今、目の前にある信頼はとてもとても大切にしたいと思っている。

そうは言っても、1つ前の日記に書いた通り、歩きながら何かをすることについては躓きが多くて“忘れて”ぼーっと歩いてしまうことがあるんだよね。だから何かと「は?」と思われることもあると思う。私を良く知っていてくれる友人は「あーぁ、またやったのね」って思って許してくれるだろうけど、大抵はそうはいかないものだ。
でも、それこそが「信頼」なんだね。
やさしい友人たちにいつも感謝しています。

愛してますっ!
はーーぴぃばれんたいんっ!

vendredi, février 06, 2009

歩きながら考える

いつもいつも自分に不器用さを感じる。
例えば、歩きながら考えると、歩き慣れたところなのに途中で「するべきこと」を忘れる。
あれほど郵便局に寄らなきゃっておもっていたのに、家を出て別の考えにとらわれると忘れてしまう。

歩きながら考えること。
考えながらも歩くこと。
これは私の生き方にも通じるような気がする。

比較的、昔よりはマシになったような、けれど未だに同じことをしているような。。。
どうしたらもっと上手にこなせる日がくるのだろうか。

信じたくて仲良くしたいと思った人から否定めいた言葉を言われたショックで、一瞬立ち止まって、考えることも歩くこともちょっと難しくなってしまった。
そういうことって、すっかり大人になっていたはずだったのに、案外ウマくこなせないんだなって感じた。

でもそれでも私はやっぱり生きてるし、その世界から離れようなんて思ってはいない。
誰もが同じ職業でなくても、同じものを好きでなくても、面白いじゃないかって思える。

時には、抵抗しながら、歩きながら考える。
時には、向かいから来る車を避けながら、歩きながら、また考える。

明日も、元気で仕事は楽しい、はず!


☆2008/08 ベトナムの市場で見た光景

dimanche, décembre 21, 2008

温かいプレゼント


土曜日午後一番、金曜遅い時間まで仕事で会えなかったKayoと、一緒に久々のヨガ教室へ。
今週、伸びたり縮んだりを繰り返した心は少し回復したような、そんな“心地の良い”午後。

ヨガ教室の裏道に並ぶ店たちは昼は静かだけど、夜になると活気がありそうで、Kayoは「この辺に住みたい」なんて言ってたな。。。わかる。。
すっかり忘れてたけど、荻窪でバイトもしたこともあったっけ。ルミネで、Marks&webのハンドメイドソープとソープディッシュをKayoに勧めてもらった石けん。香も価格も気に入って即購入。これから行く友人Ryokoのお土産と自分用に2つずつ購入した。


その後、ゆるい感じのケーキと紅茶で眠くなりながら、ゆうべの電話の続きみたいな話をする。バスターミナルでバスがゆっくりぐるぐるしているのが余計に眠さを誘う。
Kayoは阿佐ヶ谷へ、私は吉祥寺へ。それぞれの友人に会うために解散。

吉祥寺から、井の頭線(久々に乗る経路)で、もうかれこれ18年の付き合いのRyokoの新居へ。
私にとっては懐かしい中央線の小旅行・・・と思ったが、あっという間に着いた。
Ryokoの部屋があまりにも温かくて、嬉しくなる。彼女は元々明るい人だけれど、さらに若返っていたから、本当に安堵した。
到着したら、昼間、私のために農家から買ったというもりもりとした野菜と“鶏肉屋”で買ったという鶏肉の鍋を作ってくれてさらに温かくて、おいしくて、うれし涙を流しそうだった。
食べた後、引っ越しでまぎれていた私への遅い誕生日プレゼントをくれた。
「さくらんぼ」のキーホルダー。“私っぽい”からってことだったけど、彼女のセレクトらしいなって、私は思っていた(だから余計に嬉しかったんだけどれども)。その、ぎこちない包装は、フランス人のおじさんが30分かけてリボンを付けたんだと言うエピソードも、光景が目の前に浮かんできて、それが映画を見た時の感覚のように私に自然に入ってきた。




しあわせもの。
私はいつも心を溶かしてくれる友人の言葉や、小さなエピソードにいつもいつも救われている気がする。
やさしい気持ちになれる様々なこと、もの、ことば。さり気ない日常の中に、やっぱりしあわせってあるんだなって実感した週末。先週の首の後ろの冷たさが少しずつ解凍されていくみたいに。

jeudi, décembre 18, 2008

枯れた呼吸

また、冬が胸に入ってくる

肺のなかできらきらの結晶になるならいいのに
凍って貼付いて伸縮を妨げられて
冬に牛耳られた私の左右の肺

この、
胸の騒ぎはカラスの羽根で擦れた血管のせい

この、
酸素を探す舌は器官の中で最も敏感な触手だった

舌を失い
言葉を失い
羽根をもがれた

みっともないカラスになっても
私は息をしている

生を啄んでいることを
開き直ったかのように
道を縦横する人に
見せつけるプライドだけを持って

暗闇で、煙草に火をつける人
彼の側でその煙を失敬した
息が闇を灰色にする
食べ物も喉を通らないのに煙だけは盗む

懐かしい声がして名前を呼ばれた気がした
もう随分聞いていない声なのに
なぜそれが「懐かしい」とわかるものなのか
私はたいして確かめもせず無防備になる

呼吸は、静かに森を湿らせた
森は、私を湿らせた
ようやく、身体を森の奥で休めることが出来るんだ
安心できたと同時に、私はカラスであることを忘れ
また無駄に遠吠えする
もっと、もっと、と、呼吸をし続ける

mardi, décembre 16, 2008

Mimi/Kami

「髪を切った」
と、右側にいる彼女は
鼻先を通り抜ける風のように云う
「髪を洗うとぜんぶ忘れる」
と、左に座った彼女は
凛とした瞳で明日を見て云う

左右の耳に刻まれた週末の合い言葉

片耳にしかない2つの小さな穴に
フランスから到着したばかりの彼女から渡された
2つの紫の花のピアスを刺してみた
重なりあって揺れて
銀の泡が弾けた優しい音がチリリとする

生え際を刺激する風の神の手先によって
愛を育てる彼女たちの地肌から生まれる温かな調べ
調和をこの耳で確かめながら、愛の詩を書こう
皮膚の向こうからは、透明な光に包まれた美しい男が
ゆっくりと近づいて新しい言葉を届けてくれたから

「夢の男は、吐息まじりに心音を耳に響かせて何度も名前を呼んでくれる。そうして静かに内側から皮膚をつつくのです。私はその信号を髪の先で受信し、愛にならないように気をつけながら、皮膚の中で彼を泳がせたいのです。嬉しく、こそばゆく、仮想の幸せの中で、ふたりで遊んでいるのです」

こんな夢を甘噛みして
私はまた彼女たちとおしゃべりする
髪の奥と耳の奥を磨いている
草原の花に囲まれた2つの日のちょうど境目
嬉しく、こそばゆく、うつつの幸せの中で
互いに花冠に友情を編み込みながら

mardi, novembre 25, 2008

ペルセポリス★★★★☆



完全に平和ぼけだということに気づかされる。
子供時代から青春期にかけての私たちは、政治で汚職事件があろうとも“痛くも痒くも”なかった。
親が「明日、死ぬかもしれない」なんて恐怖を持って子供を見つめていたとも思えない。
恐怖なんて、小さい頃に味わった記憶もない。子供時代の私の恐怖のレベルとして思いつくのは“虫”とか“おばけ”くらいのもんだった。食べるものも豊富だったし、何か食べたいとか言ってると、おばあちゃんの手作りお菓子(炭酸まんじゅうとか)なんかが出てきたり、それ(炭酸まんじゅうのことだけど)を前に“なつかしい”なんて言ってる母と一緒に(戦争の話が出ても)“そうなんだー、ふーん”なんて言ってその悲惨さなんて知らずにもさもさ食べてた。その炭酸まんじゅうのありがたみさえも大して感じず、外では売ってないなーこれーなんてぼんやり思いながら。ただ、ほくほくとしてる祖母と母と娘の温かな思い出だけだ。(多分、祖母と母は違う気持ちでいたとおもうけど)

戦争に対する意識は、国によって、文化によって、その職業や社会的な立場(階級も含む)によっても異なることは明らかだ。(彼女=主人公のマルジャンは中流以上の生活レベルの家庭の子だったから海外に行くんだが、イランに戻って“幼なじみ”に会ったとき、“ヨーロッパにいるイラン人(自分)”の悲惨さより、“国内にいたイラン人(父母や友人達)”はどれだけの恐怖を味わっていたのかを知ることになる)
そしてそれは、いかなる場合であっても良いものを生み出してはいないということも明らかである。

原作である漫画本は、漫画にして珍しいハードカバーの2冊。テーマ同様とても“重い”。
子供のあっけらかんとした視点とイラン人の思春期の(ちょっと変わりもので裕福な家庭の)女の子が、見聞きしてきたものを率直に描いているのが興味深い。悲劇のヒロインにならずに、そのマルジのキャラクターそのものがまっすぐであるが故に伝わってくるメッセージ。アニメなのに、しっかりと伝わってくる。何かをしなければ!と思いながら何も出来ないのがもどかしい。そんな感情をアニメを見ながら抱いたことは今まで一度もなかったと思う。

lundi, novembre 24, 2008

スピード・レーサー★★★☆☆

まだDVD発売されたばかりの「スピード・レーサー」。とってもキュートな映画でした。
映画館で観たいとおもってたのに、いつのまにか終わってしまっていて残念に思ってたので発売を待っておりました!

この原作は子供時代に大変お世話になった“タツノコプロ”から、私の時代よりさらに古い時代の名作『マッハGO GO GO!』のアニメです。今みると、色とか線の太さとか、かなりおしゃれなマンガではないかと思う。



映画はその持ち味をそのまま活かそうと実写にしてるので、文句無しでキレイ! 
独特のサイケさとCGをウマく演出していて観ていて爽快だ。 もちろん「ネオ」なんだけど、このネオ加減はイイと思う。『ははは〜ん!さすが“マトリックス”♪』と叫びたくなるほどの監督らのアクション魂こもった作品だ!
ジェットコースターに乗ってる勢いで酔います。そ、遊園地に行ったつもりで観てください。

おまけコメントだけど、レーサーXがクール! 最初は絶対に人前でマスクをとらないんだけど、主人公スピード(※変な名前だよねータイトルがそのまま名前ですから。。。)の目の前で初めてマスクをとる。するととたんに顔が「甘く」てイイ! その落差、キャスティングの勝利!
ストーリーそのものはもちろん“マンガ”らしいので、かるーい気持ちで「楽しく」「気持ちよく」なれることは間違いない。
こういう映画には「映画批評」の介入は必要ないね。子供も大人も楽しめる。男の子はもちろん女の子も楽しめるんだな。

口笛と自転車とホットチョコレート


この連休は天気が良いですねー♪
長引いていた「咳」もほとんど無くなってきて復活(カラオケとか行ける)の兆し!
ちょっと塞いでいた事情もあったため、ダーが今日はサイクリングに誘ってくれた。
ほんとは気分はうちにこもっていたのだけれど、出かけて良かったです。

ゴディバのホットショコラはおいしくて、しあわせの味だった。
帰りに買ったムーミンカフェのバケットは小麦と塩のちゃんとした味だった。

久しぶりに、楽しいゆうべ。
ダーが作ってくれたシンプルな唐揚げとほかほかのご飯が異常においしくて、なつかしかった。
涙が出そうだった。
なんだ、私、しあわせぢゃん、とか思ったりして。

mardi, novembre 18, 2008

ブエノスアイレスの夜★★★☆☆

苦みの効いた映画が観たければこの映画も良いと思う。
先日、アルゼンチンの旅人が家に泊まっていたということもあって、アルゼンチン関連の映画を探していたらたまたまこの映画にぶつかった。「ブエノスアイレスの夜」

トラウマになるような体験を持つ人もいるだろう。
この物語の主人公の名はカルメン。彼女はアルゼンチンの歴史の影に隠された被害を負う者。心と身体の傷みを封印して生きた20年とは一体どんなものだったのだろうか。セシリア・ロス演じるカルメン。彼女は私の好きな女優の一人だ。スペイン(&南米版)のジャンヌ・モロー的存在だと勝手に思っている。
歴史は大勢の人の運命を左右するだろうけれど、彼女は拷問を受けたことで女として成熟しなければならない段階でセックスと無縁な女性となってしまった。不幸なのか、幸いなのか、身ごもったまま監獄に。
性に対しての屈折した克服と処理。彼女なりの努力とアイデアで生まれたのが扉越しのセックス。
この描写は非常に面白かった。売春“夫”として登場するのは(またしても)ガエル・ガルシア・ベルナル扮するグスタボ。彼もまた中途半端な今時の青年。それがこの彼女との出会いによって、思いがけなく変わる。
二人は、急変し「扉越し」に恋をする。そこまではとても面白い。
その後、とても悲しい二人になってしまう話。

偶然にも、帰りたくない故郷に戻る姉のカルメンとその妹との関係。危篤の父との関係。母との関係。その3人の関係と姉との距離。描き方はとても納得のいくものだった。妹はカルメンの幸せな姿を最後に、(父母に拷問のことを聞かされていたかどうかはわからないが)なぜ故郷に帰らないのかを探りたかった。嫉妬するほど美しかったに違いない。いつまでも故郷から離れられない自分のことを姉のせいにしていたのだろうというところも後からわかった。
その妹と医者との関係も不思議なものだった(一番理解し難いところ)。
人物の描き方がとてもうまかった。

最後に向かうストーリーは残酷な愛の物語。真実を知った若者が、どう行動するのか、どのような心の変化があるのか。手に取るようにわかった。彼は普通の若者だったに違いない。決して特殊な人物ではなかった。

人間の影は運命を大きく左右する瞬間がある。人にその影響をもたらす発言もある。
グスタボもまた、悲しいトラウマを抱えて人生を乗り越えなければならない。彼に重くのしかかる罪。
抗争の中の暗い監獄でのリンチを受けたカルメン。その人生のそれからと、彼女を取り巻く、家族や全てが某かの影響を受けていた。結局、人が人を裁くことの、抗争の、戦争の爪あとは、深く重く、そして細く長くも残ってしまうということを感じた。

dimanche, novembre 16, 2008

おくりびと★★★☆☆



納棺夫日記を本木雅弘が読んで、いまでは漫画化までされているらしいのですが、全くそんな情報を知らず、昨日の昼過ぎに友人Yと観に映画館に足を運ぶ。

感想。面白かった。・・・だけではあまりに素っ気ないか・・・。
いや、チケットを下さった義弟に感謝!(ほんとはその兄である夫と行きなさいという2枚のチケットでしたが)
一言で言って、映画館に観に行っても(日本の映画にしては)良い映画であると思う。びっくりしたのは、満席で次の回を待って観ることになってしまったということ。(それくらい満員御礼でしたよ!亘くん、すごい!)

それはそうと、本編について。
山崎努はとても良いです。あーゆー納棺夫なら説得力がある!と思った。田舎町で、小さな社会の中で、あのような仕事をやっていくのは近所の人の目から見れば「人の死でまんま食ってる」と言われることも然り、それを承知で、ある程度のあきらめや通過点を幾つもくぐってきた人らしい風采は彼にしかできなかったのではないかと思う。
本木雅弘もすごくイイ。まだ結婚して間もなく、どこに身を置き生涯の仕事をしていくのかを迷っている青年。彼の見るからに真面目な風貌がぴったりの役回りである。のち、天職と思えるほどに化けるその様も真面目で美しい青年だからこそ、死の場面を神聖に彩る技のように見えてきた。まるで「神の使い」のようでした。
他に、余貴美子も良かった!設定にもキャラクターも彼女の作り出した世界を感じた。 
けど、キャスティングにひとつだけ文句がある。H末R子。あの人、今もあれを演技と思っているのだろうか?あのなんとも言えないアイドルの笑顔や作った憂い顔をやめて欲しい。その瞬間を見せられただけで映画が三流に思えてくる・・・(悲)。
でも、きっと製作する側の男達の心をくすぐっているには違いない。ううぅ(泣)。。。それがなおさら悲しくなる。
あぁ、切ないなぁ。日本の映画は“カワイイ”女優がすっかり主流になってしまっている。女優はかっこよくあって欲しいと切に願います!
昔の女優のほうがよっぽどかっこいいのだ。(例えば、原節子とか岸恵子とか、あんな顔は作らなかったと思う!)
日本の映画を語ると、こんなことをつい言いたくなるので、そしてとても熱くなってしまうので、この辺で。
H末ファンの人、まことにすみません。TVやCMではもちろんかわいいので良いんですが、やっぱりフィルム向きではないと思うんです。
ま、しかたないか。。。

さまざまな職業があり、さまざまな現場がある。
昔、ご飯がやっと食べられるくらいの、夢を追っていた時の自分の姿が主役に重ねられた。
いろいろなバイトをやった。いろいろな「役」を演じた。(長くやっていたらもっとたくさんの役をやっていたかもしれない)
その間に、葬儀屋さんのバイトをしたこともあった。この経験は、バイトといえどもとても良い経験をしたと思っていた。
それを裏付けるような映画であったことは確かだ。
職業によって、外側の人間に差別され、偏見を持たれるということもあるだろう。
でもそれは、決して内側から観た判断ではなく、そして責任のある判断でもない。
どんな仕事をしていても、自分を見失わないということ、それに向かう姿勢が確かであることのほうが大事だということをこの映画は伝えようとしている。

dimanche, novembre 09, 2008

バッド・エデュケーション★★★★☆


ペドロ作品の中では、★4つ。というのは、完全に好みって点での判断です。「女性」が登場しない。。。というのが理由の1つ。この監督の作品の中でかっこいい女だったりかわいい女だったりという存在が何かエロティックなものを提供してくれるというのが常であるが、今回はそれを男性に演らせている。
さっき、ノンフィクションと書いて、いまうちのひとに「ちがうよ」といわれたので書き直すけど。フィクションと思って借りた映画(DVD)だったんだけど、見終わった後にまるでノンフィクションのように描かれていたので、すっかりだまされてしまった。それも彼ならではなんだろうなぁ。しかも自虐的だ(笑)♪
例によって、ストーリーも伏せてただ観た感想だけを記し、好きな監督、好きな役者、だからといって評価を高くしたのではないということは断っておきます。

見所は、ガエルが3役(2役)やるというところ。中でも“サハラ”の役。楽しそうに演じているのも良いし、彼は反面「ダサイ」「田舎臭い」ところを持っているというのが素敵な役者だ。顔も表情もイイ役者だが、演技の種類もとても潔くて(ラテン系らしく判り易く、それでいて大雑把ではないところなど)とても好きだ。彼の持ち味が活かされている映画だと思う。

監督の狙い所がまた憎い。
彼は人間の心の弱さを描くのを得意としているが、それが(ラテンの人らしく)とても判りやすくて嬉しくなる。
悲しいけれど、それは宿命ともいえるような“あきらめ”にも似た昇華されたもので、自分自身をさばいている神様を常に思わせる。
こんな状況の中で、人はどう判断し行動すべきなのか?
こんなに辛い状況ならやむを得ないのかどうか?
という自問に、勝てる自分を持っているか、イメージできるかどうか?
などを試されているような。
映画監督という使命を通して、これから観客に何を提示すべきかを良く判っている仕事人だと思った。

samedi, novembre 08, 2008

多事争論の偉業

筑紫哲也の多事争論はもう更新されないのだろうか。
この人の偉業はあらゆる分野に及んでいるため、私なんかが語ることなどなにもないのだけれど、しばらく感じないほどのショックを受けたため、私事としてメモしておく。

彼は死なないと、すっかり信じていた。
私にとって、社会の灯台のような人。遠くにあるけれど、じっと冷静に居場所を教えてくれていたような気がする。
ジャーナリストという職業を、唯一“縁遠い”と思わせなかった人。
都会に来てまだ思春期だった頃、オトナになりたくないと思っていた頃、オトナになることもなかなか良さそうだと思わせてくれた、信じられる大人だった。それも変わらずいつもソコにいて・・・その人が旅立ったことを知った。
大好きだったスターが亡くなった時よりも、ショックである。穴が開いたような力の抜けて行く感覚。
私たちに、論じることなんてし続けることができるのだろうか。
マイノリティを恐れないで発言し続けることができるのだろうか。
医学は進んだとはいえ、まだ財産とも言えるほどの人物を救えないでいる。批判ではなく、不可能なことを可能に変えることはやはり困難なことなんだと、当たり前ながら感じる。

人が死ぬとき、要するに「身体を」失って放たれたとき、魂みたいなものや形跡を、残された人によって凝縮されて、まるで良くなかったことは全部空気中に蒸発してしまったかのように語られる。

そう言えば、5年前くらいだったかな。一度だけ、広尾の駅付近で信号待ちしていたら隣に筑紫哲也が来たことがあった。ぼうっとしていたのに、隣を漂う空気の振動が存在を気づかせた。そう、普通のおじさんであって、普通ではなかった。やはりなにか光を放っている綺麗な人だった。

綺麗な人。形のことではなく、身体を失ったときに綺麗でいられるよう、そのときが来るまで、最後まで気を抜かないで仕事(この世における)をやっていこう。今日は格別にそれを感じる。仕事(使命)を貫くことは並の力では出来ないけれど。。
さて、鉢巻きゆるんでいたので少し絞め直すとするか。